言語と文化はチューニングが必要=自分のチューニング

こんにちはwasabiです。

久しぶりにドイツに戻ってきています。

最近まで2ヶ月ほど日本にいたのですが、自分の内面にかなり面白いことがたくさん起きました。

過去5年間のヨーロッパ生活の中では最長となった一時帰国だったのですが、2ヶ月日本で過ごしてみて本当の意味で「どこに住むかは関係ないな」と思うようになりました。

 

元からそういう気持ちはあったのですが、今考えてみると数年前の自分はそのことを本当の意味では理解してなかったな、と思います。

 

「その時の自分に合う場所」というのは確かに存在すると思います。

でもそれは「場所」というよりかはおそらく「人」なんですよね。

どういう人に出会うかは、その時の自分になんらかの意味で必要な人。大好きな人も、大嫌いな人も含めて。

 

人が抱く「どこどこに住みたい」という気持ちは、自分の成長願望だったり、より良い生活を求めていることに起因します。つまり、「どこかに行きたい」というのは自分の人生に対するポジティブな態度なんです。それが、たとえ現状からの「逃げ」であったとしても、「逃げたい」という自分の気持ちを認めて素直になることが、第一歩。その一歩をクリアしたら、より自分の願望を顔面に突きつけられるような課題が待ってますのでご心配なく。

 

でもその一歩を踏み出さなければ出会えなかった自分自身に出会える。新しい自分に出会えると、新しい人に出会える。私にとって、これが挑戦することの醍醐味だと感じます。

 

新しい人、というのは何も、新しい友達ができるということだけを指すのではありません。

普段から知っている人の見えなかった部分(前の自分では気づかなかった部分)や、昔から知っていると思っていた土地に関する新しい部分が見えたりすることを指します。それは、自分自身を新しく発見することでしか、本当の意味では体験できないことだと感じるのです。

 

「新しい何か」を求めて場所を動き回るのではなく、新しい自分自身を発見した結果、いるべき場所、出会うべき人に巡り合わされる。そういう人生にシフトしたんだなって感じています。

 

今私はnoteの連載で「日本人は最強のパスポート〜女寅さんの旅」という連載をもたせてもらっていますが、これはある意味で原点回帰的な意味を持っています。「日本人であること」というのが、日本人自身と世界にとってどういった意味を持つのか?この連載で書くことも私というフィルターを通して見える1つの事象にすぎないけれど、おそらく日本にいるパスポートを持たない日本人の多く(日本のパスポート保有率は4人に1人!)が知らないであろうことをシェアできたらいいなと思っています。その1つの視点によって、より大きな可能性を見てもらえたら嬉しいからです。

 

連載を宣伝する名刺を作りました

最近名刺をずっと持っていなかったのですが、ドイツに来たら注文した名刺が届いてました。

この前日本にいた時は「ごめんなさい名刺ドイツに忘れました(汗)」というのが決まり文句になってしまっていたのですが、これでちゃんと渡せますね。

 

でも名刺って、やっぱ紙を使うからエコじゃないなーって思って作るのに躊躇してました。

なのでリサイクルしたコットンで作られた名刺を注文しました。あ、ちなみに名刺はMOOって所がオススメです。素敵なデザインがたくさんあります。

 

 

それにしても!

ここ過去半年、ドイツに全然いなかったこともあってなのかドイツ語をかなり忘れています….。

正しく言うと、ドイツ語自体は忘れていないが話し方を忘れた、という感じです。

 

唐突なキモかわブッダキーホールダー

 

トリリンガルと聞くと「3つの言語を知っていて知識が豊富!」みたいな印象があるかもしれないですが、なんちゃってトリリンガルの私にとってはどちらかと言うと「3種類のノリを覚える」みたいな感じが近いです。

 

そして、そのノリに慣れるまでは自分の場合「チューニング」期間が必要です。

ヨーロッパに滞在することが長くなって、いきなり日本に行くと「あれ、どう人と話すんだっけ?」となります。もちろん母語である日本語自体を忘れることはないのですが、「どう人とコネクトするか」というポイントをその言語で1つでも達成できると自信がついて、ノリを思い出します。

 

逆に今回の場合日本に長くいたのでドイツに来てみると「あれ!ドイツ語でどうやって話すんだっけ?」となりました。言語って覚えたらそれで終わり、ではなくて日々のアップデートが必要なんです。

 

で、そのチューニング期間中というのは自分のコミュニケーションに自信がないのです。

日本でもヨーロッパでも「本当に喋れてるかな?伝わってるのかな?」って気持ちになります。

 

そして、そうなると私は大抵コミュニケーションを避け始めます(笑)

そして毎回初心に帰ります。「自分とコミュニケーションができていれば、誰とでもコミュニケーションできる」ということを。

 

だから、結局のところドイツ語が下手でも、英語が下手でも、日本語が下手でも、それはコミュニケーションの本質には関係ないと断言できます。「下手」というのは自分や他人が下す外的な要素でしかないからです。その外的な要素を考えて、不安になる選択をしているのは自分。重要なのは「他からどう思われるか?」を気にすることではなく「自分が何かをどれだけ目の前の相手に真摯に伝えたいか」だと思っています。

 

ということは、書いている今は分かっていても渦中にいると忘れてしまうものなんですよね〜。

だから、私は毎回こういうチューニングが必要な時期に「自分チューニング」をします。どんな場所にいても「自分らしくあること」がもっともシンプルで、もっとも難しいからです。

 

そんな感じでここ数日は自分チューニングをしていました。

そして、ドイツ語でしゃべることを全力で避けていました(笑)

 

そしたら今日、「絶対にドイツ語で難しいディティールのことを話さないといけない場面」に1日で8回くらい遭遇しました。もう冷や汗…^^; 心の中では「あ〜どうしよう、ドイツ語の話し方忘れた〜!」と若干焦ってました。

 

しかし、その部分にフォーカスしないで「自分、伝える」ということにフォーカスすると自然と話し方もゆっくりで相手に伝わる話し方となり、相手に質問をするときも相手を焦らせない聞き方ができました。

 

ドイツ人って、相手のキャパオーバーの質問をしたりするとすぐパニックになるな〜って思ってたんですが、それは自分が質問するとき相手にも「早く答えを出せ!」って気持ちでいたからそれが伝わったのかな〜と思うように。

 

そんな感じで、今日も学びがあったな〜と思っていたら今いるオフィスの前に知らないドイツ人が現れて、あっちからドイツ語で話しかけてきました。でもその時、ドイツ語で話している感覚が不思議となくて、最近自信がないと思っていたドイツ語を喋っていても全然気楽でした。ただ世間話して、お友達になった。

 

その人との出会いで「あ、やっぱり人と人だよね」ってことを思い出せたような気がします。

ドイツ語という言語を通じて、誰か一人とコネクトするポイントを見つけられた。

こうして一人一人繋がっていく中で、私の中で毎回その言語の世界が変わっていくのです。そして毎回気付くのは「結局世界は1つ!」ということ。

 

いろんな言語が話せるようになるってことは、その数だけ世界の変化を感じられて、そしてもっとも大切なことに気づける回数が多いということだと思っています。だから、もっと言語を学びたいな〜!今やってるのはポルトガル語。

 

言語って、本当贅沢な人生の遊びだよね。

カラフルで崇高。一生言語やって、人と繋がってたい!

 

欧州であなたの事業のアンバサダーになります!協業企業募集中

2015年からドイツ・ベルリンに在住し、現在はポルトガルにも拠点を置きながら世界中を飛び回って仕事をするスタイルのwasabiがあなたのビジネスを広げるアンバサダーとしてイベント主催、MC/日英独通訳、現地リサーチからコンサルまで承ります。

 

現在はモビリティ、インフラ、BlockchainとAI、アート関連のお仕事を中心に承っていますが、特にジャンルは問いません。

 

モットーは「自分が本当に良いと思ったものだけを口コミの力で伝える」です。そして、それぞれの企業様、ビジネスオーナー様との関わり方は人の数だけあります。それぞれのニーズに合った動きができるのも、個人で動いているからこそ。気になった方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。