ベジタリアンの私が「菜食主義」を嫌いな理由

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どうも ベジタリアンのwasabi( wasabi_nomadik)です。

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のっけからなんとも矛盾している書き出しですが、 私は端から見れば肉を食べない人、いわゆる菜食主義者またはベジタリアンと呼ばれる人です。

このブログでも何度か紹介していますがベルリンはベジタリアンの人口が多く、 ベジタリアンにとって過ごしやすい環境となっています。

 

もはや ベルリンでは意識の高いカフェや若い人にうけるお店にしたいのならば、ベジタリアン対応はほぼ100% 必須です。

 

そんなベルリンの環境が良くて移住してきた部分もあるので、かなり大きな恩恵を受けている事は事実です。

 

そんな私ですが、便宜上便利だからベジタリアンと名乗っているだけで実は自分のことをベジタリアンだと思ったことはありません。

 

もはや、自分はベジタリアンですと言う度になんだか違和感を覚えるほどです。なぜなら、ベジタリアンという響きは、なんとなく確固たる思想を持っている何者かと言うイメージが自分の中であるからです。

 

もちろん私がベジタリアンになったのにははっきりと理由があって、食肉の大量生産に対する違和感や、持続不可能な倫理観、環境問題、行き先の分からない経済成長などに対して総合的に考えた結果、肉を食べることをやめました。

 

こう言うと、私はこれらの問題に対して肉を食べないということが根本的な解決になると言う信条を持っているかのように聞こえるかもしれませんが、それは違います。

 

ちょっと伝わりにくいかもしれませんが、ざっくり言うとこの選択は自分と言うちっぽけな最小値で実行できる、自分の人生態度として実践しているだけです。「これが、答えなのだ!」という気はさらさらなく、まだまだこの選択が自分の考える問題に対して意味のあることなのかどうか毎日考え続けています。

 

なぜなら、食肉の大量生産に対する違和感や、持続不可能な倫理観、環境問題、経済、こんな問題は全て「なぜ人は生きるのか」と言う究極に根本的な問題に行き着くからです。そして私は、その生命の不思議に感動しながらその答えをずっと探しています。

 

動物を殺すのがかわいそうだと言うけど、動物は動物を殺しあったりする。「殺す」という行為そのものだけを取り上げて非難することは本当に的を得ているのかー。

大企業による利益追求のみの経営で犠牲になる、児童労働や劣悪な労働環境は許せない。でも、搾取を生み出さないための不買運動は本当に問題解決になるのかー。

経済成長し、世の中が便利になった先に何があるのだろうか。何のために豊かになるのだろうか、何のための人生なのだろうかー。

 

私はこういったことをずっと考え続けます。ここで言いたいのは、考え続けることと思想を持つことは、全く別物です。

 

なぜなら、思想というものはある意味でパッケージ化されたものだからです。それは人に伝わりやすく、答えがある分共感も得やすいですが、例えば肉を食べないという選択が菜食主義またはベジタリアニズムと言う思想に変わった瞬間、「動物を殺すことはいけない」という前提からすべての話が始まってしまいます。しかし人は、もっと根本のなぜ動物を殺すことがいけないのかをずっと考え続けなければいけないと思います。私は、「自分の人生に責任を持ちたいから」、「無責任な大企業が許せないから」、色々な理由や色々な問題を自分で考えたあげく肉を食べない選択をしました。でも、この根本の問題を放棄してしまっては自分自身が無責任になってしまいます

 

ここを考え続けなければ、どんなに立派な思想を持っていても、それはパッケージ化されたマニュアルに従っているだけという範疇を抜け出せないのです。

 

同じことが、宗教にも言えると思います。例えば教祖の言ったことを鵜呑みにして、思考停止をして従うだけでは思想というパッケージに乗っかってマニュアルに従っているにすぎません。宗教が本当の意義を発揮するのは、個人個人が神に対して、頭をフル回転させ自分の考えていること、疑問に思うことをぶつけ対話している時のみです。

 

ベジタリアンになることで「動物を殺さなくてすむ」、「もっと持続可能な社会に近づける」と結論づけて菜食主義に浸っているだけではダメなのです。なぜ動物を殺してはいけないのか、なぜ社会を持続させる必要があるのかまで考えなければなりません。そして、これは最終的な答えが出ないかもしれません。でもその考える途中途中で自分の考えの変化とともに必要に応じて、食生活を含め何を実践するか変えていけばいいのです。

 

 

哲学と言う言葉はなんだか嫌われる傾向がありますが、根本を考えることそして考え続けることにしか本質は見出せないのではないかと思います。

 

こういう人生態度に気付かせてくれたのは今は亡き哲学エッセイスト池田晶子さん。彼女の著作は普段多くの人が考えないであろう人生の当たり前のことに対して鋭く疑問を投げかけています。


そんなこんなで、肉を食べない私の思索もまだまだ続きます。こんな過去記事もあるので興味があればこちらも見てみて下さい。

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