『社会人』って何だ?人間になりたかった私が選んだ働き方

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どうも、人間代表wasabi( wasabi_nomadik)です。

新卒で海外で働くフリーランサーになった経緯は以前いくつかの過去記事でご紹介させていただきましたが、今日はなぜ私がフリーランスという働き方を選んだのかについて「社会人」というキーワードを元にお話したいと思います。

 

大学四年生頃、就活の時期がやってくると耳にタコができるくらい聞く言葉のひとつに「社会人」という言葉があります。
私は昔からこの言葉がずーっと疑問で、社会人とは一体何なんだ?と思っていました。

大学を卒業したら社会人なのか、企業に正社員として働いたら社会人なのか、パートやアルバイトでも社会人なのか人ぞれぞれ言うことも違います。

 

Wikipediaによると、

社会人(しゃかいじん)は、社会に参加し、その中で自身の役割を担い生きる人のことである。一般的には学生は除外される。 日本語以外の諸外国語では日本で言うところの“社会人”をさす言葉はほとんど見られない。たとえば英語では労働者(worker)や成人(adult)、市民(citizen)という単語はあるが、日本語の”社会人”にあたる単語・表現はない。

 

だそうです。“社会に参加し、その中で自身の役割を担い生きる人”ってそもそも人間は社会的な生き物だし、ニートでも引きこもりでもこの世の中の一員として社会を構成しているのであれば全員社会人なのではないかと思ってしまいます。そんな反発からフリーで活動し始めたばかりの頃は名刺の肩書きを「人間」と書いていた時もありました(笑)

 

こんなに私が社会人という言葉にアレルギー反応を起こしたきっかけは大学在学中、とある教授から言われたある一言でした。

 

「皆さんはこれから社会人になるのだから、自覚を持って就活に励み社会の一員となってください」

 

一見、普通の大学教員が言いそうな普通の発言だと思う方もいるかもしれませんね。だからこそ本当に寒気がしました。

 

大学卒業後そのまま教授職になって、就活も経験した事ない人が安易に「社会人」という言葉を使ってしまう事にビックリしたのです。

 

彼は「就職せずに大学院に行ってそのまま研究職になるのはオススメですよ」とは言えても、「企業への就職」に関しては何も言えないはずなのです。何せ、経験した事がないのですから。もはや、こんな無責任なことを教壇で言ってしまっても問題にならないのであれば大学教授の世界はかなり閉ざされた社会です。

 

この教授の発言からも現れていますが、大学を卒業したら当たり前のように「社会人になる」という何か決まりというか、思い込みみたいなものが社会に蔓延しているとも思っていました。そしてここで言う社会人とは「企業で働く正社員」のことを指します。

 

これだけ大学で自分の意見を持つようにトレーニングされ、4年間みっちりと世界にはこれだけ多様なライフスタイルがあり、様々な価値観があるということを学んだ矢先、「企業で働く正社員」としての働き方一択だけが選べる選択肢なのでしょうか?

 

加えて、私はこの「社会人」という言葉が極めて差別的に聞こえる事からあまり好きではありません。

なぜなら働いていなければ人間として扱われないような、そんな響きがするからです。人間が社会で生きるということを大きな枠組みで考えた時、仕事はもちろん大きな要素となり得ます。しかしお金を稼ぐ事だけが人間のする活動ではありませんし、そこだけに焦点を当てて社会や人間を定義づけするのは危険です。

 

「”社会人”なんて、ただの言葉じゃん。」

 

と思う方もいるでしょうが、私はこのそもそもの定義をちゃんと無視せずに議論するべきだと思います。

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なぜならこの社会人という言葉が無意識で使われ続ける限り、多様性の大切さや自分にはその他の選択肢があるという事実に気がついても、なんとなく植え付けられた「社会人」のイメージや見えないプレッシャーが思考を停止させてしまうからです。

 

事実、英語には「社会人」なんて言葉はありません。なぜなら全員が平等に社会を構成する”社会人”だからです。

 

もし私がアルバイトもしていない学生に、英語で「あなたはまだ社会人じゃないよね」なんて言ってしまったらその友達はバカにされたと思って怒ってしまうことでしょう。

 

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ドイツに住んでいて印象的なのは、ドイツ人の自分の仕事に対する考えです。

いわゆる日本で言う”社会人”(企業で働いている人)は、自分のことを”社会人”だとは言いません。

 

「私は〇〇会社でセールスを担当しています」だとか「私は〇〇会社で経理を担当しています」と自己紹介する人がほとんどです。

 

つまり雇用形態に関係なく、自分が責任をもって担当している「専門」を自分のアイデンティティとしているのです。日本だとその人が会社で実際に何を「専門」としているのかよりも、その仕事はアルバイトなのか、正規雇用なのかにこだわる人が多い印象です。

 

私は会社に属さないフリーランスという働き方を選びましたが、何も正規雇用のサラリーマンやOLという働き方が悪いと言っている訳では有りません。ただ、「社会人」という曖昧すぎる定義が普通にまかり通ってしまい、それに基づく精神論が横行する労働事情には違和感を持っていますし、大学の教員という知を司るはずの職業の人が何の抵抗もなくこの言葉を使っていた光景に強く危機感を覚えました。

 

私は自分のやっている仕事を愛していますし、仕事は自分を構成する大きな一要素である事は間違い有りません。しかし、それ以前に、地球に生まれて来た以上、誰かに名付けられた”社会人”というカテゴリ―に入るのではなく、「一人の人間として」やりたいことを実現し、人格を尊重されながら健康に生きていく権利が自分にはあると思いました。

 

そして日本という恵まれた国の出身者として、私に与えられている自由を活かして生きているうちにやりたいことは全てやるつもりでいます。ニートでもサラリーマンでもアーティストでも、常に「自分が何をできるか、何をしたいか」を最優先で考える事が尊重されてこそ、本当の意味で平等が実現された「全員が社会人」な社会なのではないでしょうか。

 

そんなことをつらつらと思っていると、同じようなことを考えているライターさんの本を見つけました。

 

この本の中でも社会人という言葉の定義がいかに曖昧で、わけの分からないものなのかについて書かれています。

 

今の働き方に何か疑問を感じているけど、そのモヤモヤが何なのか分からない人、社会から求められる「社会人像」に悩まされている人等は特に一読の価値アリです。

 

 

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“『社会人』って何だ?人間になりたかった私が選んだ働き方” への 4 件のフィードバック

  1. 私は仕事で日本企業の社内報をドイツ語に翻訳することがあるんですが、その社内報を読むと、日本では「会社に入ることで社会人になる」という考え方があるということがよくわかります。新入社員や若手社員への社長の挨拶文というのがあって、「あなたたちはこれから社会人です。本社で(中略)がんばって成長してください」とか書いてあります。それをドイツ語に訳すのは苦労します。ドイツには社会人という概念はなく、あるのは成人という概念だけですよね。会社に入社するのは成人なので、社長や上司に「我が社で立派な社会人に成長しなさい」などと言われる筋合いはないと感じるでしょう。

    その社内報を読んでいていつも思い出すのは学校です。社長の挨拶は学校の朝礼での校長先生の「みなさん、これこれこういう人間になりましょう」というお話にそっくりです。そして社員による活動報告は学級新聞とかの「私たちナニナニ班はこれこれの活動をしました。みんなで力を合わせてがんばりました。これからも一生懸命がんばりたいと思います」というノリそのものなんです。学校文化がそのまま会社へシフトしている印象です。

    日本の場合、学校や会社などのなんらかの組織に所属し、そこで目上の人に叱咤激励されながら「立派な社会人」(それが何を意味するかはわからないけど)というものにだんだんなって行くと考えられているので、どこにも属さないと「じゃあ、一体どうやって成長するんだ?」と思われてしまいがちですよね。

    ドイツでは人間には未成年と成人二種類しかなく、成人になったらすべてはその個人の責任なので、法をおかしたり、他人に著しい迷惑をかけない限り何をするのも自由だし、組織に属していないから成長できないとは思われません。そこが大きく違いますね。

    長くなってすみません。

    1. Chikaさん
      コメントありがとうございます!
      >日本では「会社に入ることで社会人になる」という考え方があるということがよくわかります。
      そうですね、そう思います。その社内報の「がんばって成長してください」という一文からもよ〜く見て取れますが、そもそも会社が個人を育ててあげるっていう意識が強いですよね。多くの会社は新卒で何もスキルがない大学生を雇うのだから、そういう意識になるのも仕方が有りませんが。英語でも「成長してください」なんて言われたら余計なお世話だと思われるでしょうね。

      >学校文化がそのまま会社へシフトしている印象です。
      そうなんですよ、それが私が会社に就職しなかった理由でもあります。このまままた「学校」に入ってしまったらいつ自分の人生についてちゃんと考えるときが訪れるか分からなくて、怖いなぁと思ってました。会社に入って幸せな人もたくさんいるでしょうが、そう思えない、もしくは疑問に感じている人達にメッセージを発信したいと思っているのでChikaさんの仰る事はまさにその通りです。「社会人」という言葉がみえないうちに色々な人を縛っていることは事実だと思います。

      個人的にドイツのアウスビルドゥング制度等、とても合理的でサポーティブで素晴らしいと思います。私もやってみたいなぁなんて思います。

  2. 僕は今IT企業に勤めてます。
    会社員です。
    「社会人として~」という
    言葉をネットでも会社の人も
    親兄弟も言ってました。
    「社会人として」ってなに?
    そもそも社会人ってなんなの?
    と疑問を感じ「社会人として とは」
    と検索した結果このブログにたどり着きました。
    疑問を感じてからなんだか息苦しくて
    金型に無理に押し込まれているような窮屈さを感じます。
    僕は今フリーライターを目指していますが
    社会人という言葉が頭から離れない
    このモヤモヤを誰かに伝えたくてコメントしました。
    駄文失礼しました。

  3. 現在大学4年生です。
    社会人が差す”社会”は、一定のコミュニティーに属する暗黙規範で、
    日本だとサラリーマンになりなさい、サラリーマンの礼儀作法を学びなさいってことなので、ずっと疑問に感じておりました。
    僕自身は大学で国際人道法をやっており、大量虐殺問題を扱っているのですが、
    仕事はプログラマーをしています。
    ずっと疑問に思っているのが、みんな自分の専攻を生かして就職していなく、会社に入ってからの職業訓練で仕事をしている
    ことです。かつ、別のブログにあげていた、”アウスビルドゥング”にあるようなガーデナーやその他クリエイターなど、
    狭義の仕事選択しかないことです。専攻を生かせない、狭義の中の職業訓練の中でしか仕事できないなかで”社会”人になってしまうのは、ちょっとどうかなと思います。景気が悪かったらサラリーマンは切られてしまうし、もっと選択肢が多ければ何と思いました。僕自身、今はプログラマーとしてコードを書いていますが、専攻は国際法なので技術力をつけるのに苦労しました…。
    もうすこし社会人として一定の集団の義務をまっとうするのではなく、
    人間として自分のやりたいことをやり、それを本気で学び追求し仕事にし、
    経済的自立できる道ががあればにとBlogを見て思いました。
    長文になって申し訳ありません…。日本にもAusbildungみたいな制度があればなと思います。

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