書評:養老 孟司『無思想の発見』を読んでみて

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こんにちは、読書大好きwasabi( wasabi_nomadik)です。

ずっと紙の本が好きだったのですがこちらに来てから私は基本的に読書は断然Kindle派になりました。

最初は海外で日本語の本を読むのに便利だからと思い、昨年兄から誕生日プレゼントでもらったのですが、あまりに便利で最近は洋書も和書もほとんどKindleで買ってしまいます。

たまにマーケットで本をジャケ買いするのも好きなんですが、洋書のペーパーバックって大きくて重いのでなかなか持ち歩くのが億劫になって読まれずに本棚に静かに眠っている本も・・・(笑)

 

というわけで最近Kindleで買った本の中で私が「これは・・・!」と思った本があったので紹介させてください。

 

はい、養老 孟司『無思想の発見』です。

彼は解剖学者として、解剖学や脳科学を専門としている学者さんです。一番知られている彼の代表作としては『バカの壁』が有名です。

『無思想の発見』の概要をちょこっと説明。

日本人は無宗教・無思想・無哲学だという。さて無思想とは、どのような事態か。もしかするとそれは、「ゼロ」のようなものではないのか。つまりゼロとは、「なにもない」状態をあらわしつつ、同時に数字の起点でもある。ならば、「思想がない」というのも、ひとつの「思想」のあり方ではないか。日本の風土が生んだ「無思想という思想」を手がかりに、現代を取り巻く諸問題、さらには、意識/無意識とはなにかを、大胆に、されど精緻に考え尽し、閉塞した現代に風穴を開ける。

Amazonから引用

 

「日本はよく無思想、無宗教の国だ」と言われますし、日本人自身がそれを自負しているところもありますよね。養老さんは、それに疑問を呈します。「日本は“無思想”という”思想”を持っている」と。

 

そもそも私がこの本を読んでみようとおもったきっかけが、「なぜ日本語の文章はこんなにも英語に訳すのが難しいのだろう」という日々の疑問からです。

日常的に日本語の文章を英語に訳していると、日本語の文章には度々主語がなく、また極めて感覚的な表現が多いので必ず主語があって目的が明確な英語の文章構造にあてはめると本当に翻訳不可能な文章がたくさん出てきます。それが翻訳の面白いところでもあり、また時に理解に苦しむが故にストレスになったりもします。

その謎は日本の文化や日本語の考え方に原因があるとは分かっていても今まで実際に私を納得させてくれる説明に出会った事がありませんでした。こういう話をするとよく「日本の禅の精神」とか「仏教」のコンテクストで日本人の行動理論を説明されることが多いのですが、それも的を得ている一方で、これだけ西洋化された今の日本の社会に「禅の精神がどれだけ残っているのか」という疑問も持ち得ません。

 

そんなことを思っているときに、その問題を脳科学の視点から論じた『無思想の発見』を読んでみて目からウロコな表現がたくさんありました。

 

筆者は「思想や宗教がない社会はない」と言います。日本も「何かを信じない」ということを信じているからです。私も大きく頷いたのが第四章内の「思想は無視される」という段落で筆者が、「表現されなきゃ思想じゃないと言われるから表現すると、それは哲学だろと言われる。」と言っていたことです。

いったん「哲学だろ」となったらもうその先は聞いてもらえないことが多くて、聞いてくれるのは世間の変わり者だけであると彼は言っています。

なぜなら”「日本に思想はない」あるいはむしろ「世間に思想はない」という立派な思想が、その世間にすでに存在するからである。“と。

これってすごく心当たりのあることで、日本はある一部の人を除いて議論が嫌いだったり思想とか哲学にアレルギーを持っている人がとても多い気がします。私はずっとこれをなぜだろうと疑問に思っていましたが、哲学や思想が嫌いだとか、論理的に考えるのが苦手だとかそういう視点ではなく、単に「信じている事が違うから」だという視点をもらったときは今までのモヤモヤが解消された気になりました。

 

イスラム教徒の人にキリスト教の教えを信じ、キリスト教的に考えろと言っても無理なのは納得がいくのと同じで、言って見れば「無思想教」の人に「思想教」の考え方を実行しろといっても無理なんですよね。

 

それと同時にこの日本的な無思想が世界に対してどういう風にアプローチできるのかなんて考えたりもします。

で、こういう話を読んでいるとやっぱり日本の思想とハイデガーって相性が良いなぁって思うんです。

ハイデガーはめちゃめちゃ難しいのですが、彼は無思想を思想でもって説明しようとしている態度があってすごく興味を惹かれます。またちゃんと哲学を勉強したいなぁ。

 

 

 

 

 

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“書評:養老 孟司『無思想の発見』を読んでみて” への1件のフィードバック

  1. はじめまして
    養老先生の「無思想の発見」を古本屋で見つけ読み終わって、書評を調べていて、ワサビさんのブログを
    見つけました(当然主語は私ですが、日本語流で割愛中)。
    ほかの人は、この本はわけがわからない、などとありましたが、私にとっては実によく養老理論(あるいは養老
    思想)が整理されていてとてもおもしろかったです。
    よくいわれるように聖書を精神のどこかに置いているヨーロッパキリスト教社会の人々は「言語」からすべてが
    はじまると思っているし、そのように振る舞います。
    しかし私たち日本人は、まったくの初対面でことばを交わす前から感覚として「話ができるか、どうか」察知していますよね。
    あとはもしヨーロッパ人を説得する必要があるならば、そういう状況分析のことを彼らに言語で伝えられたら
    日本人も楽になりそうですね(見た目と言語につたないとかいろいろ障害が多すぎて面倒ですが)。
    私自身は、日本社会で与えられたまがいものの「西洋風近代的自我」形成論を打ち破りたくて、養老先生のこの
    本を読みました。おおいに得るところがありました。
    コメント 失礼しました。

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