「発言しない」のは「存在しない」のと一緒?欧米社会で生き延びる方法

どうも、人とのおしゃべりは割と好きなwasabi( wasabi_nomadik)です。

最近忙しくてこもっていたので今日は2日ぶりに家を出て、「人が広い道を歩いている」ことに一番感動しました(笑)ずーっとパソコンに張り付いていると外に出たときの感動はものすごいですね。

外に出たのは友人に会いに行くため。私は大勢でわいわいやるのも好きですが基本的には少人数でしっぽりお茶をしたいタイプなのでいつも友達とは個人的に深くじっくり会話をすることが多いのですが、たまにパーティーや会議など大人数のグループで人と会うときに心がけている事がひとつあります。それは会話中、相手に必ず何か質問するようにするということです。

 

質問、といってもしっかりした内容を聞く訳ではなく、どちらかというと相槌に近いかもしれません。話の内容を「これであっているよね?」と確認するのです、例え確認する必要がなくても。

 

私がなぜこんなことをするかというと、これはイギリスの大学で哲学のディベートをしているときに身につけた、言ってみれば私なりの「コミュニケーション処世術」なのです。

イギリスで最初に授業に出てみて一番感動したのは、授業内での「発言率」の多さです。生徒のやる気が日本の大学のそれとは大違いで、寝ている人は皆無ですし先生が求めてもいないのに手を挙げ続けている人が1人だけでなくたくさんいて挙げ句の果てには指されてもいないのに発言し始める生徒まで。

それで大抵生徒同士がお互いの意見について言い合いを始めるので、先生は「こんな視点から見たらどうだろう?」などと横からちょっと突っ込んでみたりします。そんなふうに教室全体で「思想」が構築されていくのを目の当たりにしてすごく感動したのを今でも覚えています。イギリスの授業は、先生が教えるのではなくて皆で学んでいくのだと。

そういうこともあって、まだ英語に自信がなかった私はあまり発言せず自分の頭の中だけで考えていたのです。しかしそんなことをしていると、文字通り教室から取り残されます。どういうことかというと、発言しなければ存在しない人だと見なされるのです。

 

これは大げさに言っているわけではありません。イギリスの大学では大学生もちゃんと「大人」として認められているからこそ、「発言しない自由」も保証されているし、口うるさく「発言しなさい」とも言われないだけなのです。

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日本の大学では、あまりにも発言しない人がいたら先生が気を使って一人ずつ意見を聞いてあげたり、手を挙げにくい教室の雰囲気だったら発言を義務化して全員が発言できたりようにしていることも多かったですが、イギリスの大学ではそうはいきません。自分の存在を示すには「発言するしかない」のです。

そしてこれって実は大学に限らず、飲み会の席やパーティーの場面などでも言える事なんです。

月並みな言い方ですが欧米社会ではちょっとウザイかも?と思うくらい主張しないと自分の存在を示す事ができません。話す事がない人は自分がない人(存在が薄い)と思われるからです。

そう考えると日本の飲み会とかってある意味すごく親切だなぁって思うんです。全員が初めましての初対面の場合だったりすると一人ずつ自己紹介する機会が回って来たり、ひとつのテーマで誰かが話しすぎたりしていると気が利く人が「〇〇さんはどう思う?」なんて話題を振ってあげたりするのはよく見かける光景ですよね?そもそも、日本的なコミュニケーションって空気を読む、察するコミュニケーションなんです。言葉自体がそこまで重要じゃない。

 

私が知る限り、初対面の人同士が集まる場で一人一人自己紹介するシステムになったり、会話に入れていない人を入れてあげるなんて光景はヨーロッパの社交の場ではあんまり見た事がないです。静かに黙っている人はけっこうな確率で壁の花になっています。

 

別に壁の花になることが悪いと言っているわけではありませんし、私も個人とじっくり話す方が好きなのでどちらかというと多分壁の花で俯瞰している方が好きだったりします。(笑)

 

私が言いたいのは、欧米でのコミュニケーションではとりあえず「声」を発する事がすごく大切だということです。言ってみれば相手に対して何かしら「反応」することがすごく大切です。自分はロボットじゃない、ここにいるんだという存在を示すために何かを発するのです。

 

そしてその内容は正直濃くなくてもいいんです。

イギリス留学の最初のうちは上手くイギリス発音の英語が聞き取れなかったこともあって、勝手にみんな凄く質の高い素晴らしい質問をしているのだろうなぁと妄想していました。

しかし英語も慣れ、学生の言っていることが分かって来たイギリス留学後半に一番びっくりしたのはその発言率の高さではありません。その「発言の質の低さ」です。

 

質が低いというのは、おバカな質問をしているという意味ではなく、「思いついた事そのまま喋っているだけじゃないの?!」というくらい意外と理論が構築されない段階で発言している人が多かったのです!そのとき話していたトピックに関しては正直私の理論の方が完成されていて、「こんなレベルで発言してもいいのか!」とある意味勇気をもらったのと同時に、どんなに完成された意見でも発言しなければ全てなかったことになるし、私よりレベルの低い発言をしている人の「意見」の方が通ってしまうと悟ったのです!まぁ、考えてみたら当たり前のことなのですが。

 

アメリカの大学に行っていたパートナーともこの話をしたことがあるのですが、彼も「アメリカではどんなにバカでも意見を言ったものが勝ちだから、どんなにめちゃくちゃな意見でもみんなとりあえず発言する」と言っていました。どんなに的を得た素晴らしい意見も、言わなければ例えそれが”めちゃくちゃな理論”だったとしてもそれを前提に話がどんどん進んでいき、より高度な意見を持っていても言うタイミングをすっかり見逃してうずうずしてしまうことになります。

 

この不条理さに気がついた私は「そうはさすまい!」と授業内でもどんどん発言ができるようになりました。逆に留学から帰って来てびっくりしたのは日本の大学生はすごい意見を持っているのに言わないということです。先生に指されて始めて意見を言う人がほとんどなのですが、「そんなに立派な意見をなぜ言わなかったの!?」と思うようなクオリティばかりですごくもったいないなぁと感じました。

 

私はそういう経験から、「バカと思われてもいいからとりあえず何か言う」人になりました。そうなってみると気がつくのは私が発言する事で周りももっと思想を深めていけるし、同じように実は密かに分からないと思っていた人のためになったりするんですよね。そしてもっと良いのは、実は発言する事によって自分も頭の整理ができるのです。

 

そして、このブログも同じで「とりあえず発信」してみることに意義を見出してやっています。こんなまとまっていない意見でも読んでくれる人がいるのはすごくありがたく、またそんな方のために少しは参考になる情報をシェアできるかもしれないという気持ちで日々更新していますし、ここから何か議論が生まれたら嬉しいという気持ちです。

 

そして先日インタビューさせて頂いた「新卒でフリーランサーになった」チカさんのお話はまさにそんな「とりあえずやってみる精神」の大切さを教えてくれました。かなり長いですが、是非翻訳家志望の方もそうでない方にも見て頂きたい記事です!

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