ドイツに来てみて思う事

前回ブログを書いたのもつかの間、ドイツに到着してから2週間が経った。

最初の1週間は身の回りの整理整頓やら各種の手続きやらで何かと時間を取られ、その翌週からは仕事が始まるというスケジュールでゆっくりとカフェに座ってぼーっと人間観察をしている暇も、それをしながら私の一番好きな時間、自分の”脳内大学”でのお決まりの東洋と西洋文化比較討論をしている余裕もなかった。

それは仕事で忙しいという理由もあるかもしれないけれど、どちらかというと自分以外の人間と一緒に生活をしていることも大きな理由のひとつだと思う。

私は2年前イギリスにいたときは自分一人の生活でかなり好き勝手にやっていた。

今も理解あるパートナーのおかげで自由にやっている。それが不思議でたまらない。自由でいられるのに、横にくだらないことをすぐに話せる誰かがいるということはありえないと2年前は思っていた。

一人の生活は自分との討論の連続で、それはそれは楽しかった。自分の脳内から記憶を辿って生成される根拠の不確かな”文献”、でも自分の中では一番確かな”感覚”を駆使して自分の中の理論を新しく塗り替える、新しい定義を発見する・・・一番自分を尊敬することのできる瞬間である。そう、私は単純です。

でも二人で暮らす事の意味は、言ってみればチェスでどう相手をチェックメイトに詰めていくかと戦略を考えている間にいきなりチェス盤をちゃぶ台返しのごとくひっくり返されることと似ている。私が自分の経験で培ってきた脳内文献、理論の大元であり確かだとしてきたことが、彼の脳内文献では同じように理論の大元とは限らないからだ。それは私にとっては真の意味で新しく、自分の「外」にある価値観をひとまず知るという事にほかならない。

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お互いを理解するという事や、仲良くするということはどちらかが妥協しなけらばいけないということではないと私は思っている。これが一番難しいのだが、理解し難くとも相手の脳内文献を自分の脳内文献にどうにか当てはめて自分の中でリアルに落とし込んでみる作業、または全く理解の糸口が掴めないことであればもう「放っておく」か、自分の中のリアルな感覚まで相手に寄って来てもらうということが必要だと思う。

自分以外の意識が同じ空間で一緒に生活している事が不思議でたまらないし、毎日新しい発見がある。ドイツに来て2週間、ここでの生活がとても気に入っている。

と、同時に自分の中で決定的になったことがひとつある。

2年前は「外国」だったヨーロッパがもう自分の中では外国ではなくなったということだ。正しく言うと、私はどこにいてもきわめて第三者的な視点を持つようになって、日本でさえ私にとっては「外国」になったということだ。

いつでも日本に行けるし、いつでもドイツへもイギリスへも世界中どこだって行ける。

日本からドイツへは15時間くらいで、日本からのEMS郵便は4日で届く。これは魔法だ。こういうことに自由を感じるのは私の精神衛生的にかなり健康なことで、こういう自由を感じられる事はいつだって嬉しい。

どこへでも行けて、どこにもいない「第三者」

この視点は透明であることの恐怖と快感の狭間にあるのかもしれない。

ありのままを見てみたい、という私の欲はだんだんと私の「有様」になってきている。

透明である事への憧れ、やっぱり私は私だ。

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